夢inシアター
みてある記/No. 177

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ビザと美徳
ビザと美徳

日本のシンドラーこと杉原千畝の物語、でも伝記映画ではないです。

Aug.22,1999 横浜 シネマジャック にて


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940年リトアニアの領事館には、ナチスドイツに追われたユダヤ人がビザをもらうために列を成していました。杉原総領事(クリス・タシマ)のもとには、日本からもう勝手にビザを出すことまかりならんのお達しが再三来ており、ついには、ベルリンへ出頭せよの電報が来ます。妻の幸子(スーザン・フクダ)は疲労からか3ヶ月の息子に乳も与えられない状況です。これまで、ユダヤ人たちのために不正なビザを発行してきた杉原も妻と3人の息子のことを思うと、これ以上の危険は冒せません。そして、これが最後のビザの発行だと、ユダヤ人夫婦を領事室に通すのですが......。

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998年のアカデミー賞で短編映画賞をとった作品だとのことで、てっきり記録映画だと思っていたのですが、26分の劇映画になっていました。以前、テレビでも取り上げられたことのある、杉原リトアニア総領事の物語です。この人は、1940年当時、リトアニアにいて、ポーランドから流れてくるユダヤ人難民にビザを発行し続け、2000通のビザで6000人の命を救ったと言われる人物です。彼は、ユダヤ人からの感謝と尊敬を受けたものの、その職を追われる羽目になりました。この映画はそういう人がいたことを忘れないために作られた映画とも言えそうです。そして、アメリカで、日系三世のクリス・タシマが監督・主演することで、不思議な距離感(バランス感覚と言い換えてもいいです)が生まれ、日本で作ったら、こうはならないだろうという映画に仕上がっています。

ラマは1940年のある朝、日本からのベルリン出頭命令を受け、これ以上ビザは出せないとあきらめかかる杉原が、それでもやれるところまでやってやろうと思いを固めるまでの1エピソードを描いています。もともと舞台の一幕劇だったそうで、史実かどうかは怪しい気もするのですが、杉原が表情を変えず、寡黙に葛藤した挙げ句にある決断に至るまでを、短い時間の中で描ききった脚本と演出はなかなかのものです。また、ドラマを絞り切ったおかげで、誰もが、杉原の思いに共感できる作りになり、普遍的な愛のドラマとなり得ているのは、見事だと思いました。

人公が日本で言う英雄というイメージから、かなり離れたキャラクターになっているのが興味深いところで、寡黙で礼儀正しく、愁嘆場を見せないというのは、ひょっとしたら、向こうの日本人のステレオタイプなのかもしれません。そして、その上に人物としての奥行きをつけたという感じなのです。奥さんに「ビザを出すと約束したのに」と言われて困ってしまうあたりは、なんだか英雄と呼ぶにはウジウジしているように見えますが、その見た目の下の強い意志を見せる瞬間が圧巻です。どちらかと言えば、一見普通の人がある特別な環境に置かれてしまって、その中で勇気ある決断をするというお話のように見えました。とりわけ善意の人間のようにも見えないし、かといって、悪いこともできそうもない、そんなキャラクターをクリス・タシマは好演しています。奥さんの方はなかなかにできた人物のようで、ビザ発行から手を引こうとしている杉原をなんとかその気にさせようとします。そのあたりの心の動きを監督としてのタシマは短い映画なのに、非常に丁寧にタメの演出をしています。もとが舞台劇だからかもしれませんが、ドラマとしては淡々として流れながら、テンションの高さはかなりのもので、26分が相当見応えのある時間となっています。

ういう形で日本の有名人が映画化されることはうれしいことだと思います。その一方で、こういう映画の作られる意味として、杉原という人がいたことを忘れないためというのは大きいと思います。実はこの映画を、「夜と霧」という記録映画と二本立てで観たのですが、どちらもこういう過去があったことを忘れてはいけないという視点が感じられました。「夜と霧」はナチスドイツの収容所の今(1955年)と過去を描いた記録映画で、かなりショッキングな映像もあるのですが、目をそらすことができない説得力がありました。「ビザと美徳」にも、記憶にとどめておくべきことがあるという視点が感じられました。ドイツと同盟国だった日本だけど、その中にも、ユダヤ人の命を救った人がいたということは、忘れたくはありません。もし、この先、日本がまたおかしな方向に進んでいくことがあったとしても、こういう人の存在は理性的な行動への大きな励ましとなるのではないのでしょうか。杉原が自信に満ちてビザを発行したのではなく、躊躇と葛藤の果てに、ビザ発行を続けるというところにも、この映画のお値打ちがあるようにも感じました。流されず、固執せず、熟考の果てに決断を下す、彼の姿勢は普遍的な人のあるべき姿のように思えた次第です。

の映画は、杉原のことを映画化しようと思い立ってから、日系など色々な人からの援助や出資によって、できあがった作品だそうです。そういう意味では、日本の杉原の存在をアメリカの人に知らしめたいという気持ちはあったようです。また、オープニングとエンディングの現在のシーン(本人ではなく、俳優さんが演じているのですが)がカラーで、メインのドラマ部分なモノクロというのは、「シンドラーのリスト」を意識させる構成になっているのが興味深かったです。福岡アジア映画祭実行委員会が配給しているということで、団体へのフィルム貸出しをしているようです。

ジャックナイフ
64512175@people.or.jp

お薦め度 採点 ワン・ポイント
◎ 2点2点2点2点0点 こういう人がいたことは知っておいていいという意味で。
こういう映画の存在価値を高く評価したいので。
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