夢inシアター
みてある記/No. 170

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運動靴と赤い金魚
運動靴と赤い金魚

- BACHEHA-YE ASEMAN -

心洗われる映画です、いや、ホント。すぐまた汚れちゃうんだろうけど。

Jul.31,1999 東京 シネスイッチ銀座2 にて


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台はイラン、あんまり裕福ではない家庭で両親の手伝いをしながら日々を送る小学生のアリとザーラは仲の良い兄妹です。ある日修理に出したザーラの靴をアリがなくしてしまいます。明日からどうやって学校へ行けばいいの? 両親に話してもウチにはそんな余計なお金はないし、怒られるだけ。そこで二人で考えた末の苦肉の策は、アリのボロボロの靴を二人で交互にはくこと。妹の学校が終わると、妹は走って兄のところまで行き、靴を履き替えてダッシュで登校するアリです。それでも、両親にはそのことを切り出すことができません。ある日、県内のマラソン大会があって、その3等の賞品が(新品の)運動靴ではありませんか。アリは、このマラソンで3等をとってやると妹に約束するのですが......。

本・監督はマジッド・マジディといういわゆる新鋭と呼ぶべき人。この映画はモントリオール国際映画祭で賞をとったり、アカデミー賞の外国語映画でノミネートされたり、国際的な評価の高い一品です。じゃあ、何か政治的寓意に満ちた芸術的な作品かというとさにあらず、子供の視点から、ささやかな人生の機微を描いた、大人から子供まで楽しめる映画に仕上がっています。

ープニングは妹の靴を修繕する職人の手をエンエンと見せます。タイトルが終わると、これが主人公アリの視点だったと気付くのですが、全編に渡って、この視点を崩さないところにこの映画の味があります。小学生くらいの子供に見える世界はたかが知れていますが、その世界を逸脱しないでドラマが進んでいくところにマジディ監督の見識がありました。自分の家が貧乏だと思っているアリは、なくした靴のことを親に話すことができないのですが、ホントのところはよくわからないのです。確かに裕福じゃないことは確からしいですし、大家から家賃の催促をされているのも事実です。しかし、あくまでアリの視界で物語は語られるので、靴も買えないほど貧乏なのかはよくわかりません。

を無くしてしまったアリとゾーラのいさかいを丁寧に描いているのがうまいです。妙にドラマチックにならない演技が、日本人の私にも、子供の頃の兄弟喧嘩ってこんな感じだったなあって納得させるものがありました。また、妹のゾーラがかわいいのです。ちょっとしたことで、ふくれたり、また機嫌が直ったり。一方のアリは妹には結構偉そうな態度をとるのですが、その一方で、しょっちゅう怒られては困ったような顔をしています。子供たちを、生き生きというよりは、リアルに描いていますので、観客はあるときは「困った奴だ」と思い、そしてある時は「げんきんな奴だ」と思っているうちに最後は応援したくなってきます。自分の子供の頃を思い出すからかもしれません。

に中盤、なくなった靴を思わぬところで発見するエピソードが印象的でした。子供ならではの展開がそこにはありました。自分の靴をはいている子供を見つけたゾーラはその子の家まで突き止めて、アリと一緒に行ってみたものの、結局すごすごと引き返してしまいます。このあたりは、劇場で確認していただきたいのですが、二人のセリフなしで、ただトボトボと家に帰る二人の後ろ姿のカットのみで全てを語ってしまうあたりの演出は見事でした。

ランの映画というと、アッパス・キアロスタミくらいしか観たことがなくて、長いカットとか、ドキュメンタリーのような絵作りをするといった先入観があったのですが、この映画は丁寧なカット割りと緻密な編集を見せてくれます。子供の演技が自然なので、すーっと流して観てしまうのですが、その演出は相当計算された緻密なものになっています。子供というコントロールしにくい素材を使って、ここまできちんとドラマを積み上げたものだと感心してしまいました。

ライマックスはマラソン大会のシーンとなるのですが、ここも子供たちがひたすら走るのをきちんとドラマとして演出しきった手腕は並々ならぬものがあります。ゴール前のデッドヒートはどうやって演出したのだろうと思うくらいのリアルさでしたし、そのレース結果から、一気にエンディングまでたたみ込むのもうまい展開でした。一体どういうレース結果から、どういう結末になるのか、これは劇場でご確認ください。感動よりは切ない展開となりながら、心が洗われる思いがしました。感動の涙はないけれど、映画が終わってしばらくは不思議な涙目状態になってしまう、そんな感じの映画です。

の映画を観ていてわかるのは、イランという国には、日本よりも明快な貧富の差があるということでしょうか。お屋敷街の坊ちゃんと、アリは明らかに違う境遇のようです。でも、昭和30年代から40年代には日本にもそういう差や、そこそこの貧乏感はあったように思います。ザーラが靴屋のショーウィンドウを覗き込むシーンを観て、そこまで物欲しげな気分になったことはないけど、幼いころキャラクター付きのズック靴を買ってもらったときの嬉しさを思い出してしまいました。そして、きっと今の子供にも、それなりの貧富の差があるんじゃないかなって気がしました。今の貧富の差は、靴とか鉛筆といった必需品ではないけど、プレステやゲームボーイの有無とかで、ランキングがつくのではないかしら。

ジャックナイフ
64512175@people.or.jp

お薦め度 採点 ワン・ポイント
◎ 2点2点2点1点0点 親子でたまに観る映画なら、スターウォーズより、これ。
子供の気持ちって万国共通なのね。
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