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FireLight
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ちょっと見はひどい話なのに、愛の物語として見事に筋を通してます。
は19世紀、お金のためにあるお金持ちの代理母を務めることになったエリザベス(ソフィ・マルソー)は、依頼人のチャールズ(スティーブン・ディレイン)と3夜ベッドを共にします。そして無事に女の子を産んだ彼女は御役御免になるのですが、自分の娘への想いが断ち切れません。そして、6年後、ついに彼女は自分の娘を探し出します。そして、その娘の家庭教師としてチャールズの家に入り込みます。実は彼の奥さんは10年前の落馬事故で廃人状態でしたが、彼はまだそんな奥さんを愛し続けていたのです。ところがエリザベスの突然の登場にチャールズは動揺し、彼女をすぐにクビにしようとします。彼の義妹のとりなしで一月は居られることになったエリザベスですが、チャールズに甘やかされた娘はなつかないし、エリザベス自身の胸にも、もう一つの秘めたる想いがあったのでした。
っけから、代理妻の面接、そして契約に基づくベッドシーンと、何だかまっとうな愛の物語と言いがたい展開です。3夜を共にするのですが、その最後の夜は愛情のこもった契りとなるあたりが、納得させるものがあります。そして、ヒロインは依頼人の名も知らぬまま子供を産み、そしてすぐに引き離されてしまいます。時は流れ、物心ついた娘に一目会いたさの彼女はやっとのことで娘の居場所を探し出します。しかし、母親と名乗り出るわけにもいかず、彼女は、娘の家庭教師になるのです。うーん、ここまでで、すでに契約違反でないかい、いくら想いが募るからって、代理母で金をもらって、そりゃちょっとなあって気分になってきます。
かも、娘の父親は廃人状態の妻とその妹と暮らしているのですが、段々彼女と父親は親密の度を深めていくのです。おいおい、そりゃ反則以上でないかい。3夜を共にしたからといって、それだけで特別な関係ができてしまい、長年の夫婦愛(ここ10年は一方的な愛だけど)をもろにひっくり返そうってのは、やりすぎではないかしら。ところが、そこは男女の機微、なるようになってしまうんですねえ。でも、やってることは、いわゆる「それはいかがなものか」の世界です。
名の「ファイヤーライト」は暖炉の火の灯かりのことだそうで、ランプを消して、暖炉の火の灯かりだけの中では、望むあらゆることがかない、全てが許されるのだそうです。しかし、それはあくまで現実の世界と一線を画すはかない時間でもあります。それを、現実のランプの灯かりの下へ持ってくることができるのでしょうか。チャールズとエリザベスはお互いに関係のないふりをし、エリザベスは娘に家庭教師のふりをし、娘は離れの部屋で一人で母親と語り合うふりをしています。そんな不自然な関係が周囲の環境との調和をとるために当たり前のようになっている。そして、その調和が破られれば、傷つく人間と失われる愛と信頼があるとき、希望は目の前にあっても手を出すことができません。彼らはどうやってそのハードルを乗り越えるのでしょうか、誰も傷つけることなくして、越えることのできないハードルなのです。
愛映画の逆境のパターンって、大体2つあると思っています。周囲を巻き込んで、どんどん不幸を撒き散らすタイプのもの(私見ですが「嵐が丘」なんてその典型じゃないかと思ってます)と、何だか外部要因が都合よく働いて収まるところに収まってしまうもの(大体ラブコメディってやつはこのパターンですね)です。この映画は、大筋としては、周囲を巻き込んで不幸になっていくというパターンのように見えてしまいます。ところがラストの決着の付け方が単なる不幸どんづまりでも、お気楽ご都合ハッピーにもしていないのです。このあたりは劇場でご確認いただきたいのですが、所詮、希望とエゴは紙一重、でも全てを受け入れて背負い込む覚悟があれば、それは「愛」と呼べるものに昇華できるという風に私は受け取りました。ソフィ・マルソーのヒロインの強さと潔さを私は支持したいと思った次第です。
ル」や「永遠の愛に生きて」などの脚本で知られるウィリアム・ニコルソンが脚本を書き、初監督した作品だそうですが、手堅い演技陣にバックアップされて見応えのある作品に仕上がりました。客観的に見たとき、主人公達のとった行動は必ずしも誉められたものとは言い難いのですが、そこに「愛という名の意志」が貫かれているときに果たして彼らを責めることができるだろうかというお話でもありました。劇場のシネスコ画面のためにきっちりと絵を切り取ったニック・モリスのキャメラも素晴らしかったです。また、アンドリュー・ガニングの音楽の美しさが、この映画がエゴだけでない愛のドラマであることの確信を与えています。
ジャックナイフ
64512175@people.or.jp
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人によってはこのヒロインに拒否反応を起こすかも?
ラストを愁嘆場にしないセンスがマル。
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