夢inシアター
みてある記/No.61

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遥かなる帰郷
遥かなる帰郷

アウシュビッツの悲劇をその後日談で糾弾する重厚なドラマ。

1998.6.7 神奈川 関内アカデミー1にて


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945年、ソ連軍によって、アウシュビッツ収容所から解放されたプリーモ(ジョン・タトゥーロ)ですが、突然の自由にとまどい気味です。彼が乗り込んだ列車は故郷のイタリアとは逆方向へと向かってしまい、彼はポーランドのソ連軍のイタリア難民キャンプに身を寄せることとなります。化学者だったプリーモは薬局の仕事につくことができ、そこの看護婦に胸ときめかしたりもするのですが、そんなこんなのうちにベルリンは陥落し、ついに戦争は終りを告げます。そして、オデッサから船でイタリアへ帰れることとなるのですが、線路が壊されていてオデッサまでたどり着くことができません。仲間と共に別の難民キャンプへ身を寄せるプリーモですが、彼は神が与えた自分の役目、それを書き記すことに目覚めていくのです。

タリア系ユダヤ人であるプリーモが、アウシュビッツから解放されて自分の故郷にたどり着くまでの物語です。実際にアウシュッビッツを生き延びたプリーモ・レーヴィの自伝的小説「休戦」を、イタリアの社会派監督フランチェスコ・ロージが、アメリカのジョン・タトゥーロを主演に映画化したものです。イタリア映画ですが、私が観たのは英語版でした。エンドクレジットも英語表示でしたから、多分、別のオリジナルのイタリア語版もあるのでしょう。

ウシュビッツでの地獄のような体験は、回想シーンでほんの少しだけほのめかされる程度で、あまり前面に出てきません。それより驚くのは、アウシュビッツを告発する趣旨を持った作品で、かつ主人公たちが辛い目に遭う物語なのですが、悪意を持った人間というのがこの映画には登場しないのです。ソ連軍は、自分たちの食糧すら十分でない環境で難民の扱いに苦慮してはいますが、非人間的な存在としては登場しません。ヒトラーもスターリンも独裁者としては同じようなものだというセリフもあるのですが、最終的に、ソ連なくしては主人公たちは家へ帰ることができなかったのです。また、ドイツ人の捕虜とか、ミュンヘンでのドイツの軍服を着た男なども、ひとでなしドイツという括り方をしていないのが興味深いです。確かに、イタリアはドイツとともに連合国側と闘った立場ですから、むやみやたらに他の国を悪者にできないポジションではあるのですが、ここで悪意を持った人間を描かなかったことで、逆にアウシュビッツの犯罪性が余計目に際立ちました。

で気がついたのですが、この映画が始まった収容所解放の時点で、彼らは生き残った者としての重荷を背負っているのです。多くの死の中から選ばれて生き残った彼らは、まずその事実と直面することになるのです。ところがそういう部分もこの映画では表立っては描きません。主人公プリーモがいかにして祖国へたどり着くかを淡々と綴っていきます。いつも口ごもったような顔をしたタトゥーロが、歴史の目撃者としてのポジションを控えめに好演しました。ラスト近くに、それまでの目撃者から語り部となるべく決心するあたりが見応えがあり、ラストで観客に向かって語り掛けるあたりが圧巻です。

までも、「シンドラーのリスト」などアウシュビッツを描いた映画はあるのですが、この作品では、死の恐怖より、生き抜いた者へのさらなる試練を描いていて、それでも希望を見せるあたりが、ロージ監督の視点ではないかと思った次第です。事実から目を背けるなと語る一方で、プリーモたちのたくましさとしたたかさを見せています。後半の、プリーモが歩く森のシーンの幻想的な美しさは、不思議な癒しの空気を運んできて、傷ついた人間を救う神のような存在を想起させます。しかし、その森で戯れ遊ぶ子供たちを見たプリーモが、アウシュビッツの子供たちを思い出すシーンがショッキングです。「渡り鳥のようにやってきてはガス室へ消えていく子供たち」が彼の頭から消え去ることはないだろうと思うと、彼の心が真に癒されることはないのだと思い知らされます。子供たちについてのプリーモのナレーションの淡々とした語り口が、余計目にある種の絶望を感じさせます。

た、この映画の中では、音楽が重要な要素をしめています。ソ連軍の難民キャンプで制服の将校がフレッド・アステアのように優雅に踊るシーンとか、ロシア民謡がイタリア難民の心にも響くところなど、音楽には国境や人種がないことを見せます。

のように、この映画は様々な切り口からメッセージを運んできます。アウシュビッツの悲劇は終わらないことを描いた映画である一方、様々な人間の希望に向けたメッセージにも耳を傾けたいと思わせる映画です。

ジャックナイフ
64512175@people.or.jp

お薦め度 採点 ワン・ポイント
○ 2点2点2点2点0点 デートコースには不向き、一人で観て考える映画かなあ。
ミュンヘン駅でひざまづくドイツ人が圧巻。
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