みてある記 ロゴ25pt.

カチンコ シャイン

魔女っ子★マキ
(88721053@people.or.jp)
'97/4/11 有楽町スバル座にて
実在するオーストラリアの天才ピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットの苦悩に満ちた半生を、父親との確執や周囲の人々の愛をからめて描いた感動作。

ハリウッドやヨーロッパ映画を見慣れている目から見ると、この映画の語り口はあまりスムーズとは言えず、登場人物の造形にもムラがあって、どこか荒削りな印象を受けます。けれど、それを差し引いてなお、素直に感動できてしまう魅力は、この作品が実話をもとにしているせいかも知れません。
映画は、一人の中年男が土砂降りの雨の夜、閉店したワインバーのガラス戸をたたくシーンで始まります。強引に店の中に入れてもらった男はしゃべり方がなんだかヘン、そしてその行動もキテレツです。こりゃ頭の足りない気の毒な人に違いないということで、店の人はその男を下宿先まで親切に送り届けてくれます。その後、何日かして再びその店に現れた男は、ふらふらと店内にあったピアノの前に座るのでした。店の客から からかい半分に「何か弾いて見せろ」と言われた彼は、静かにピアノを弾き始めるのですが、その並外れた演奏の素晴らしさに、周囲の者は圧倒されてしまうのです。さて、この男の正体はいったい??映画は彼の子供時代にさかのぼりつつ、この男デヴィッド・ヘフルゴットの奇妙な運命を語り始めます。
音楽家への夢を果たせなかったデヴィッドの父は、その夢を息子に実現させるため彼に厳しい英才教育を施します。デヴィッドは幼くして才能を開花させますが、父親はいざ彼が自分の手元から離れようとするとそれを許しません。絶対に負けるな、いつも一番でいろと、強迫観念を植え続け、一方では他人を信用するな、俺の愛は誰よりも強いのだと言って、息子の飛躍のチャンスを潰してしまう父親の独善的な愛。デヴィッドはそんな彼の所有欲の入り交じった偏愛に押しつぶされてしまいます。それにしてもこの父親はひどいです。また、そんな暴君の夫に黙ってついてゆく母親もまた不可解です。
映画の中ではあまり詳しく語られていませんが、この父親はポーランドで生まれたユダヤ人で、14歳の時お金を貯めて買ったヴァイオリンを、厳格な父親に壊されたのがもとで家を出て故郷を捨て、船乗りになりオーストラリアのメルボルンに移り住んだといいます。その後、故郷ではヒトラーの侵攻によるユダヤ刈りが始まり、彼は家族や友人達を強制収容所で失ってしまいます。どうやらその過酷な体験が彼の性格に暗い影を落としているらしいのです。その辺の説明がいまひとつ十分でないので、父親がなぜあのような狂信的な暴君になってしまったのか日本人の私にはピンと来ませんでした。ただ欧米の人たちにとっては、「家族を収容所で失った」と聞いただけで十を知るような暗黙の了解事項があるのかも知れません。
家族は彼に重荷を背負わすだけで何の力にもなってくれませんでした。結局彼の才能を育て、彼の魂を救ったのは、その時々に出会った赤の他人だったというのが、この映画の何とも勇気づけられる点です。かなりフツーと違う彼のキャラクターを優しく受け入れることが出来たのが、中年の女性ばかりだというのが、なんとも面白いと思いました。自分が中年ゆえ、この年代の女性の懐の深さというか、暖かさを描いたこの作品にちょっと励まされたような気分になった次第です。
才能というものは、叩こうが踏もうが決してつぶれるものはなく、いつかどこかで必ず開花する、けれどそれは本人一人の力ではなく、名もない多くの人達の善意によって支えられ守られて初めて成り立つものであると、この映画は語っているような気がしました。人の世の善意の美しさがしみじみと胸にしみる映画です。

お薦め度 採点 ワン・ポイント
◎ 2点2点2点1点(7/10) 主演のジェフリー・ラッシュのオスカー授賞も納得がいきます