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「スリーパーズ」をお題にした小話

ジャックナイフ
(64512175@people.or.jp)
シリアスな「スリーパーズ」をお題にこういう小話をひとつご機嫌を...

長野オリンピック、生中継現場より

10秒、私の計算が正しければ10秒が私に与えられた時間です。今日のこの日の為に頑張ってきたのですから、ここに全てを賭けなければ。

「後、1分で本番いきます。東京からのキューに注意して。」

思えば、私はこの日、この時の為に、全てを捧げてきたのです。最初、TBSとフジテレビを受験してダメだった私です。1年就職浪人して、やっとテレビ長野のアナウンサー枠に滑り込むことが出来ました。

「東京のスタジオ、オンエア開始しました。こちらへの切り替えまで、あと90秒。」

私は、子供の頃は人前で話すことが苦手な引っ込み思案な女の子でした。でも自分で言うのは何ですが、母に似て、容姿は人並み以上のものがありました。ですが、その容姿が逆に、お高くとまっているという印象を周りに与えてしまったらしく、学校ではよくいじめの対象となりました。

「間もなく、今日から37日間に渡る雪と氷の祭典の幕が切って落とされます。」

中学までは共学だったので、それほどでもなかったのですが、高校で女子校に進んでから、受けたいじめの数々は、それはもうヒドイものでした。特に、同級の高橋涼子と益田知美という2人の名前は忘れることができません。よく、いじめられる側にも、問題があるとか、テレビで言ってますけれど、いじめられる方にとって、苦痛を被っている方にとっては、問題の有無など何の意味もないのです。

sleepers 「今回の期待は何と言っても、女子スピードスケートの.....」

ディレクターが異変に気付くまでに4秒、その後事態を飲み込むまでに3秒、スイッチャーに切り替え支持を出すのに2秒、スイッチャーが画面変換するのに1秒。この計算が正しい事を今は祈るばかりです。

「それでは、開会式を10分後に控えた長野の表情を伝えて頂きましょう。長野の水谷さん。」

キューが来ました。ここから私にとって最初で最後の本番です。

「長野の水谷です。東京は城東区に住む、松井涼子、旧姓高橋涼子は、学生時代、マリファナふかして男くわえ込むチョー淫乱女で.....」

急げ....、6秒経過してる。

「共立銀行、境谷支店の益田知美は、目鼻整形、胸にシリコン、でも九九も言えないバカ女......」

これで10秒、ふとモニターに目をやるとまだ私が映っています。思わずVサインが出てしまいました。次の瞬間、画面が東京のスタジオに戻りました。1秒余裕があったようです。もう一言何か言えばよかったかな?

かくして、彼女の復讐は幕を閉じたのでした。

(完)